
未来を託す、地域のたから『子ども』の為に今やらなければ行けない事とは・・・。
千住 啓介
私たちが住むこの明石は決して不便な街ではありません。どちらかといえば住みやすい街の様に思います。関西の経済中心都市への電車、高速道路といった交通アクセスも行届き、たいてい1時間以内で行きかう事が可能です。郷土料理もおいしいし、学校や病院といった様々な公共施設もかなりある方だと思います。私たちの社会は戦後62年、何もない焼け野原からスタートし先輩がたの努力あって、これまでの経済大国日本、そして素晴らしい街明石を創って頂けたと思います。物質的に本当に豊かで便利な住みよい街になりました。先輩方には感謝の気持ちを伝えたく思っております。
しかし利便性・効率性といった物質的な豊かさを追い求めてきた現代社会、少しおかしな方向へ進んでいるとは思わないでしょうか?様々な分野で問題が出てきております。
世間を見渡せば、世界に類を見ない程の自殺者の増加(年間3万2千人、自殺率先進国1位)、うつ病患者の急増、親子の断絶、家庭内暴力、ニートの増加、人口減少など物質的な豊かさだけでは解決できない問題ばかりです。
それではこの問題を解決するにはどうすればよいのでしょうか?
私はこう考えます。一人一人の価値観を変えなくてはと。拝金主義や刹那主義といった価値観から、おもいやりの心や利他の心溢れる許容性豊かな道徳心といった伝統的な日本の精神性、すなわち古きよき日本の価値観を復興させなければならないのではないのでしょうか。美しき精神性を復興させるのです。ではどうすれば美しき精神性おもいやりの心溢れる街になるのでしょうか?まずは一人一人から変わらなければいけません。自分も含め私たち自身がおもいやりの心と利他の心を持ち、美しき精神性を育んで行く事と考えます。このような事を訴えたところでこの混迷した社会がすぐ変わるものだとは正直思いません。しかし10年かかろうが20年かかろうが、この運動を始めずして今の病んだ社会を理想社会へと再建することは出来ません。今本気で、私たち若者が、子どもを育てる年代として立ち上がろうではありませんか。
子ども達に、希望満ち溢れた未来を託す大人として立ち上がらなくてはいけません!
公園で遊んでいる子どもや、学校に通う学生にいきなりナイフを切りつける社会が私たちの求める理想社会なのでしょうか?
貧しい老人が家族にまでも見捨てられ、看取られずに一人ひっそり亡くなっていく社会が私たちの求める理想社会なのでしょうか?
地域のたからである子どもを育てるのは「自由が奪われてめんどくさい」と言ってのける大人がいっぱいいる社会が私たちの求める理想社会なのでしょうか?
親が子を子が親を殺してしまう社会が私たちの求める理想社会なのでしょうか?
金のためなら何をしても良いとする拝金主義が蔓延した社会が私たちの求める理想社会なのでしょうか?
この社会は今本当におかしな方向に進んでいます。いや既に十分おかしな社会になっています。そして我々が理想とする全く逆の社会を創っているのは紛れもなく我々自信なのです。ならば社会に対する愚痴はもうやめて、我々から意識を変えなければもう手遅れになります。市民の意識を変革して行けるのは政治家や官僚ではありません。一人一人の心からです。自分自身が利他の心やおもいやりの心溢れる、正しい倫理観の持ち主に変われば、市民の意識も変わります。市民の意識が変れば世論が変ります。世論が変れば政治が変ります。政治が変れば社会が変ります。
この汚れた社会を一掃して、美しき心溢れる社会を築きあげなくてはなりません。
この理想社会、子どもたちの笑顔溢れ、そして市民の笑顔溢れる明るい豊かな地域社会へと続く扉を開けるには、我々の青年の力、若いエネルギーが必要なのです。
さぁ、共に立ち上がりましょう!若き力で共に戦いましょう。若き力で希望の扉を開けようではありませんか!
他人のせいにするのはやめて、自分たちの国を!自分たちの地域を!自分たちの力で、
明るい未来の明石の為に!
愛する明石の為に!
「この国に生まれてきて本当に良かった」と子どもたちが心の底から言える
社会を創るために・・・。